阿波踊りでは踊りのグループを「連」と呼びます。「連」には「踊り手」と、三味線・太鼓・鉦・横笛などで構成される「鳴り物連中」と呼ばれる伴奏者が含まれます。
踊りには、男性踊りと女性踊りがあります。男性踊りも女性踊りも基本は同じです。右足・右足、左足・左手をそれぞれいっしょに前に出します。右足が出たら右手、左足が出たら左手を出し、二拍子のリズムで踊ります。この基本の動きに加え、男性踊りは膝を開いて腰を低くします。女性踊りは手を高く上げてしなやかに踊ります。とはいえ、阿波踊りはそれぞれの連によって、また、同じ連でもそれぞれの踊り手により踊りが違う、自由な踊りでもあるのが特徴です。
竹製の横笛で主メロディーを奏でる笛、ひとつひとつの音は大きくないが、踊りと鳴り物に情緒を醸し出す三味線、踊り・鳴り物をまとめるコンダクター役の鉦、調べと呼ばれる綱で太鼓の皮を締めて踊りのメリハリを演出する締太鼓、そしてお腹に響く重低音で踊り・鳴り物・観客の気持ちを高揚させる大太鼓。それぞれが役割を持ちながら、組み合わさります。
阿波踊りは400年以上の歴史を持っていますが、一段と盛んになったのは蜂須賀家政公が天正14年(1587年)に徳島入りし、藍・塩などで富を蓄積したからだといわれています。小江戸といわれた徳島。藍商人が活躍し、踊りを豪華にしたものです。その後も市民社会に定着し、自由な民衆娯楽とし花開きます。特に戦後の阿波踊りの復興ぶりはめざましく、今では日本を代表する民族舞踊の地位を確立しました。
| 第1回 | 昭和32年(1957年) | 氷川神社祭礼に合わせた商店街のイベントとして高南盛商会(現・高円寺pal商店街振興組合)の青年部により、『高円寺バカ踊り』として開催。踊り手:38人。観客数:約2千人。 |
| 第2回 | 昭和33年(1958年) | 観客数:約5千人。 |
| 第3回 | 昭和34年(1959年) | 観客数:約2万人。「高円寺音頭」。 |
| 第4回 | 昭和35年(1960年) | 観客数:約4万人。 |
| 第5回 | 昭和36年(1961年) | 踊り手:約90人。観客数:約8万人。 |
| 第6回 | 昭和37年(1962年) | |
| 第7回 | 昭和38年(1963年) | 正式に「高円寺阿波おどり」に名称変更。参加連:商盛会連・木場連。大会二日目が大雨で中止。 |
| 第8回 | 昭和39年(1964年) | 「新高円寺通り商店会」参加。 |
| 第9回 | 昭和40年(1965年) | 参加者(踊り手・お囃子):約500人。観客数:約12万5千人。青梅街道までコース延長。 |
| 第10回 | 昭和41年(1966年) | 参加者(踊り手・お囃子):約800人。観客数:約28万人。北口銀座商店会有志参加。 |
| 第11回 | 昭和42年(1967年) | 中央線高架完成。「高円寺北口銀座商店会」正式参加。独立連の葵新連、天狗連が誕生。 |
| 第12回 | 昭和43年(1968年) | 写真コンテスト開始。 |
| 第13回 | 昭和44年(1969年) | 高南通り拡張。 |
| 第14回 | 昭和45年(1970年) | 東京都商店街阿波おどり振興会を結成。飛鳥連が誕生。 |
| 第15回 | 昭和46年(1971年) | 前夜祭始まる。本格的なポスター作成開始。 |
| 第16回 | 昭和47年(1972年) | |
| 第17回 | 昭和48年(1973年) | |
| 第18回 | 昭和49年(1974年) | |
| 第19回 | 昭和50年(1975年) | 連長会発足(15連)。 |
| 第20回 | 昭和51年(1976年) | アメリカ建国200年祭に合わせて初の海外遠征をサンフランシスコ、ロスアンゼルス、ホノルルで行う。徳島の娯茶平が飛鳥連と姉妹提携を結ぶ。 |
| 第21回 | 昭和52年(1977年) | 東京阿波おどり振興協会が発足。 |
| 第22回 | 昭和53年(1978年) | |
| 第23回 | 昭和54年(1979年) | 都知事によるテープカットが始まる。 |
| 第24回 | 昭和55年(1980年) | |
| 第25回 | 昭和56年(1981年) | 連長会を発展的に解消。高円寺阿波踊り連協会が発足。 |
| 第26回 | 昭和57年(1982年) | |
| 第27回 | 昭和58年(1983年) | |
| 第28回 | 昭和59年(1984年) | |
| 第29回 | 昭和60年(1985年) | |
| 第30回 | 昭和61年(1986年) | 徳島県阿波踊り協会連長会友情出演。イタリアのフィレンツェにおいてジャパン・ウィーク初出演。 |
| 第31回 | 昭和62年(1987年) | オランダのユトレヒトにおいてジャパン・ウィーク初出演。 |
| 第32回 | 昭和63年(1988年) | シドニーで行われたオーストラリア建国200年祭に参加。 |
| 第33回 | 平成元年(1989年) | |
| 第34回 | 平成2年(1990年) | |
| 第35回 | 平成3年(1991年) | サンフランシスコで行われたチェリーブロッサム・フェスティバル/平和の祭典に参加。北海道風連町で行われた白樺まつりに初参加。群馬県吾妻町で行われた岩櫃まつりに初参加。第3回陸上競技選手権大会の閉会式に参加。 |
| 第36回 | 平成4年(1992年) | 中国の北京で行われた日中国交正常化20周年記念行事に参加。 |
| 第37回 | 平成5年(1993年) | 開催前日に台風11号が関東に上陸し、大会1日目は30分遅れで開催。NHK紅白歌合戦に出演。 |
| 第38回 | 平成6年(1994年) | 東京都-オーストラリアのニューサウスウェールズ州の友好都市10周年記念/杉並区-ウィロビー市の友好都市4周年記念行事に参加。 |
| 第39回 | 平成7年(1995年) | 阪神・淡路大震災義援金街頭募金を行う。 |
| 第40回 | 平成8年(1996年) | |
| 第41回 | 平成9年(1997年) | |
| 第42回 | 平成10年(1998年) | |
| 第43回 | 平成11年(1999年) | |
| 第44回 | 平成12年(2000年) | |
| 第45回 | 平成13年(2001年) | |
| 第46回 | 平成14年(2002年) |
徳島には有名連といわれる阿波踊り連があります。以下は、「阿波踊り 見物ガイド2001」よりの抜粋です。
ハッピ、または踊りゆかた、はちまき用手拭い、帯、はんだこと呼ばれる白短パン、踊り足袋、印籠、さらし、腰紐などを使います。
着物、お腰、手甲、帯、笠、襦袢、腰紐、白足袋、下駄、小型の印籠、他着付け用小物を身につけます。
ゆかた、はちまき用手拭い、帯、襦袢、はんだこ、さらし、白足袋、雪駄、印籠など。女性は女踊りと同じ衣裳も選べます。楽器は三味線、笛、鉦、締太鼓、大太鼓を使います。
外部リンク阿波踊りの歴史:阿波銀行ウェブサイト内掲載の、読み応えがある阿波踊りの歴史です。